「ファッション+α」でトップモード目指す〜ひたちなか市出身のスタイリスト・黒澤充さん
雑誌、広告を中心にトップモデルやミュージシャンのスタイリストとして活躍するひたちなか市出身の黒澤充さん。独立して3年、都内を基点にストリートからモードまで幅広いジャンルを手掛ける新進気鋭の実力派だ。
幼い頃から絵を描いたり、ブロックでロボットを作って過ごしていた黒澤さんは、中学3年からスケートボードに熱中。ボードのデッキ部分に様々な絵を描くグラフィックアーティストへの夢を抱き、様々なストリート雑誌を愛読していた。
テレビや雑誌でパリやミラノのコレクションを知った高校時代、「こういう世界も楽しそうだな」とモードに興味が沸いた。「仲間みんなが知っていた職業だから」と、卒業後の進路にスタイリスト科を選択。世界で活躍する山本耀司、高橋盾らを輩出した文化服装学院に進んだ。
しかし、スタイリストになろうと思っていなかった黒澤さんは、卒業後は都内の大手セレクトショップに入社し、忙しい毎日を送っていた。
そんな黒澤さんを、スタイリストへの道に引き込んだのは、宇多田ヒカルの「traveling」のプロモーションビデオだった。衝撃を受け、「やらなくて後悔するより、やって後悔する人生がいい」と退職。スタイリストの望月唯さんの門をたたき、アシスタントとして約3年間経験を積んだ。
06年4月に独立、ようやく立ったスタート地点だが、撮影直前まで極度の緊張に襲われた。毎回が真剣勝負のフリーランスの世界。「一度こけたら終わるし、常に正解を求められる。仕事をつなげていく難しさを感じましたね」。
そんなプレッシャーが続く中、MISIA、THE BACK HORNなどのミュージシャンや、BEAMSなどのブランドのカタログ、SONY「VAIO」のウェブ広告、HUgE、BRUTUSなどの雑誌をベースに、若手ながら高いレベルの仕事が出来るスタイリストに成長。ファッション誌では望月さんとページを並べるようになった。
「師匠に付いていろいろ吸収、勉強させてもらって、自分で必死にやってきた結果。少しは恩返し出来たかな」とほおを緩める。
「何を求められているか踏まえた上で、その媒体のコンセプトに対して、ちゃんと着地点に落としたいですね。何をやっていても楽しい」。仕事に対してはニュートラルに構え、服以外にもバッグなどの小物、カジュアル、ストリート、モードなど様々なジャンルをこなし、勘と計算を巧みに駆使して「ファッション+α」の独自のスタイルを生み出している。
目指すはファッションの頂点であるモードのスタイリング。「ステップを踏んで、良いブック(営業用のデザイン集)を作って、モード誌を飾れるようになりたいですね」と夢を語った。